獣医師として成功するために:求められる人間力と感染症対策
前回までは、受験や大学生活、獣医師国家試験、進路についてお話してきました。今回は、どのような獣医師が求められているのかについてお話しします。理想の獣医師像は様々な形でインターネット上で提示されていますが、臨床の現場で働く私が感じてきた獣医師像についてお伝えしていきたいと思います。
人間力
獣医師はどのような仕事をするのかは今までもお話してきましたので、手探りながらも把握していただいていると思います。
最近よく聞く言葉に「人間力」があります。
常識的な態度、社会人としてのマナーなどのことを一般的に言いますが、それに関連することでお話ししたいと思います。
生きていくために様々なことを行います。身近なことで言えば、スイッチ一つで明るくなったり、機械が動いたりするためには電気が必要です。蛇口をひねれば水が出ます。流した水は下水管を通り処理され自然に帰ります。このような当たり前に感じてしまいがちで、しかしなければ非常に不便になってしまうことがたくさん身の回りにあります。
当たり前かもしれないですが、誰かが私たちのために働いてくれているからこそ今の便利な毎日があります。
つまり、私たちは一人で生きているわけではなく、誰かのお世話になり続けて生きています。獣医師という仕事は社会を成り立たせている様々な仕事のうちの一つです。
確かに、偏差値が高く入学しにくい学部ですが、その難関をくぐり抜けたから自分は人より上だと考えないでください。自分の判断、行動で動物の命と家族の願いを左右してしまう職業です。だからこそ、厳しい関門が設けられています。
獣医師である限り常に「責任」ということを意識しなければなりません。飼い主さまの話に真摯に耳を傾け、言葉の通じない動物たちの思いや気持ちを汲み取る。
上から目線で動物を支配するような態度は、飼い主さまにも動物にも受け入れてもらえません。常に、相手の目線で考え、何を伝えたいのかを真剣に考え、優しさを忘れない。そんな気持ちを毎日持ち続けてください。
私が勤務医の時に言われた言葉で忘れられない言葉があります。「自分の大切な人、自分の子供にされたらいやなことは絶対にやるな。」全てを表しているように思えました。
採血できなくて何度も針を刺す。力に物を言わせて押さえつける。自分の大切な人にされたら腹も立ち、二度と行かないと思いませんか?そのようなことを動物にもしない。大切なことです。獣医師になり、キャリアを積み、先生と呼ばれ、やがて開業するようになっても天狗にはならないでください。
この言葉をご存知ですか?
実(みのる)ほど首(こうべ)を垂れる稲穂かな
人間は本当に偉くなればなるほど、謙虚な姿勢で人と接することが大切であり、会社も成長・発展すればするほど、会社の態度・社員の態度が丁重にならなければならないと考えます。
獣医師という職業を生業としていきますが、その前に人としての常識やマナーをしっかり身に着けてください。社会に出れば、同年代と接するよりも年上の方たちと接することが増えます。敬語も使えない、社会常識もないではいくら「獣医師です。」と名乗っても恥ずかしい思いをします。
動物、飼い主さま、取引先の方、院長をはじめとする病院スタッフに対して社会人として接するようにしてほしいものです。
動物から人に感染する病気に敏感になる
最近のニュースでも話題になっていますが、動物から人に感染する病気が多く報告されています。
そのような病気が増えたとも考えることができますが、原因不明とされていたものが実は動物由来だったことが分かったという例も多いでしょう。
先日も、犬の唾液が感染し両足を断脚せざるを得なかった男性のニュースを読みました。この犬は安楽死になってしまいました。この犬と男性の間に獣医師は挟まる格好で存在します。犬にとってはこの原因菌は常在菌で全く悪さをしません。常に口の中にありますが健康被害は起こらないのです。しかし、このような菌が人間の生命を脅かすこととなりました。
他にもダニから媒介されるウイルスや原虫が動物を経由して人間に感染するというような話題もニュースで流れています。「SFTS」「ライム病」などが目新しいでしょうか。
※国立感染症研究所参照
このような病気があることを飼い主さまにお知らせし、予防方法があるから実践してくださいとお伝えすることは獣医師の役目です。イヌやネコの口腔内環境を歯磨き指導や定期的な歯石除去で良くすることの必要性を説くことも大切です。このようなことは今まで動物のために行ってきました。しかし、上記のようなニュースを例にとると動物のためだけでなく人のためにも行わなければいけないことがわかります。
一般的に人と動物の間で共通して起こる病気は「人獣共通感染症」と呼ばれます。このような病気があるから「ペットは人の命を脅かす原因」というように解釈されるのではなく、そのような細菌やウイルスを持っている動物たちと暮らしていくためにはどのようにするのかという正しい知識を伝えていくことがこれからの獣医師には必要と考えます。
私たち獣医師は人と動物の間に立つ存在です。つまり名前は獣医ですから動物の病気を取り扱いますが、本当は人と動物両者のことを気にかけていく存在です。
「この病気は人にうつりますか?」
この質問をよく耳にします。この質問には絶対に答えられなくてはいけません。
なぜなら、獣医師は人と動物の間に立つ防波堤だからです。
これからの獣医師の社会の中での役割は他にもありますが、最近気になっている2点についてお話しさせていただきました。
今後の参考にしていただければ嬉しいです。
執筆者:平松育子先生(blog:平松育子の人生のストーリー)